認知症と"活"きる

理解すること、共に暮らすこと

「私はタクシーに乗って家に帰る!」認知症、帰宅願望がある方への対応とは

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本人にとっては「帰宅する」という明確な目的がある


こんにちはけーしーです

実際に自分が経験した認知症ケアの事例を基に、関わり方を一緒に考察してみましょう

 今回は「帰宅願望」が強い認知症の方への対応についてです。

 

●A美さん(90代 女性)のケース

基本情報:施設に入所中。日常生活動作はほぼ自立。歩行は杖歩行で可能だが、転倒のリスクが高いため職員による見守りが必要。認知症は中等度で時々失認・失行・失見当識が見られる。日常会話は問題なく可能。長年食堂を経営されており、まじめな性格。

 

ある日の午前中でした。介護職員から「A美さんが外に出てタクシーを呼ぼうとしている。施設に連れ戻そうとしても怒りだして言うことを聞かない。その場から一歩も動こうとしない」という報告を受けました。

報告を受け急いで玄関の外へ出てみると、玄関前の歩道の真ん中で押し問答をしているA美さんと職員の姿がありました。

 

ここまでの経緯を詳しく聞いてみると

・「私はタクシーに乗って家に帰る!」と言い突然玄関へ向かい外へ飛び出す

・職員が慌てて追いかける

・「私のお金で帰るのが何で悪いの!」と怒り出す

・その後職員がなだめるも怒りが収まらず

と言った流れでした。

 

<まずは相手の考えを知ろう>

このような状況でこちら側がいくら行動を制止したところで、本人の意図している考えとは異なるため怒りを買ってしまうことは明白です。

まず取るべき行動としては、今いる場所が歩道の真ん中でありすぐそばの道路には車が走っているわけですから、安全の確保を目的として玄関の中まで誘導することでした。しかしどのように玄関まで怒っているA美さんを連れていけるか・・・とにかく今起きている状況の整理と情報を集めることが必要だと感じました。

少しでも車道から離れるように促し、最低限の安全を確保したところで自宅へ帰りたいと思った理由を聞いてみました。

最初は怒りが収まらない様子のA美さんでしたが、こちらが話を聞く態度を見せたことで徐々にですが態度を軟化させ、ぽつりぽつりと理由を語り始めました。

 

・「自分は家に忘れ物をしたので取りに帰りたかっただけ」

・「職員に迷惑はかけれないから自分で帰ろうと思った」

・「職員にダメと止められて腹が立った」

・「物の言い方というものがある」

 

忘れ物に関しては具体的に答えませんでしたが、ご本人にとってはとても重要な意味を持つものだったことが推測できます。あとは対応した職員を責めるつもりはありませんが、帰ろうと企図された際の声掛けや対応に不味さがあったことも想像できました。

 

<相手の気持ちに寄り添う姿勢と傾聴>

帰りたい理由怒っている理由が分かったので、次はそこに対するケアになります。

こちらはまず謝罪を行います。

『帰ろうとしているところを無理やり止めてしまってごめんなさいね』

『良かったら中で話を聞きますよ』

 

相手が取ろうとしていた行動から考えを読み取り、確認の意味で同じ内容を反復します。

『タクシーに乗って自宅へ帰ろうとされてたんですね』

『帰ってから大事なものを取りに行こうとしてたんですね』

 

外まで歩きずっと立ちっぱなしだったA美さんの疲労に配慮します。

『ここまで頑張ってお一人で歩いてきたんですね』

『ここに立ちっぱなしで足も疲れたでしょう』

 

このような声掛けを時には笑顔で、時には相手を労わるように粘り強く続けることでA美さんは落ち着きを取り戻すことができました。こちらが焦ってはいけません。とにかく冷静に対応することが大切なのです。

 

<最後の一押し、戻った後の安心感>

さて無事に玄関をくぐらせ施設のフロアまで連れてくることができました。しかしここで不安な気持ちが再出現し、また外へ出て行かれると今までの苦労が水の泡・・・。

ご本人の意思で施設内へ戻ってくれたことへ感謝の気持ちを伝えます。

『皆さんもA美さんのことを心配していましたよ』

『ついてきて下さってありがとうございます』

 

慣れた環境(施設内)に戻ってこれて安心したのか、次第に笑顔も見られるようになったA美さん。施設の外という慣れない環境よりも、住み慣れた施設内の環境にようやく安堵をおぼえた結果でしょう。

 介護職員に交代して居室へ誘導してもらい普段のA美さんに戻っていきました。

「帰宅したい」という気持ちを一時的にでも逸らすことができれば、その後はすんなりと元の生活に戻ることも多いです。 

 

さて、これは対応がたまたま上手くいった事例ですが、同じような対応をしても上手くいかない人もいますし、A美さんに関しても次が上手くいく保証はありません。
認知症を理解するとともに、普段からその人がどういう高齢者なのかを知っておく必要があると思います。その日の調子や環境などにも左右されますから、あらゆる要素を考慮しなくてはなりません。

認知症ケアには臨機応変さが求められますね。